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 リベルテ襲撃の報は、すぐに元老院のもとへ届けられた。口端を吊り上げて最も若い一人が笑う。
「これで、我らの計画は動き出しましたな」
「戦渦は今に付近の村に飛び、やがてはこの王都に及ぶだろう」
「しかしながら」
 潔癖そうな面差しの男は白い手袋を纏う指を組み、鋭い視線を向ける。
「我が国の軍はどれ程の物だろうか。彼らはこの計画を知らない。それ故に、懸念事項は山程ありそうなものだが」
 視線を向けられた二重顎の男は呵呵と笑った。
「心配するな。あいつらも伊達に王国軍名乗ってるわけじゃねえ、下手な戦にはならん」
「しかし、それでは我々が勝ってしまう可能性もあるのでは?」
「そうだねぇ、エクエス将軍のご子息。彼なんかは腕が立つともっぱらの評判だ」
 片眼鏡をかけた長身の老人と、ワインレッドのスカーフを巻いた男が懐疑的な目を向ける。しかし、二重顎の男は不敵に笑った。
「そこも、織り込み済みだ。オルドの倅にはあいつを充てる。“狂兵”ザンナ・ブリガンテをな」
 一瞬にして場がざわめく。上座に座る議長も、目を細めて話を聞いていた。
 二十年程前、北方で起きた争乱で最も多くのヴァイリエ兵を殺めたという男、それこそがザンナ・ブリガンテだ。当時、前線で指揮を執っていたオルドヌング・エクエスにより戦乱は制圧され、ザンナの生まれた小国は併合された。以来彼は各地を傭兵として放浪していたのだという。
「ふふ、軍務を担い、あの戦役にも参加していたあなたが仰るのなら間違いはなさそうですねぇ」
 場違いな程明るい笑顔の男が両手を合わせる。
「さて、おもしろくなりそうですねぇ……」
 指先に隠れた唇は、歪んでいた。

 会議室から漏れ聞こえる声を、扉の前に立つ女は聞いていた。閉じていた目を開いたと同時に、人の気配を感じた。自然な動作で気配に向き合うと、それは燕尾服の青年であると確かめられた。
「こんばんは、シャルフさん」
 蝋燭の灯りによって橙に染められた顔立ちは涼やかで、鋭い目元が印象的な男。
「こんばんは、サフィロさん。このような時間にこのような場所で、何をしておられたのですか」
 疑念を隠そうともしない訝しげな鋭い声にも、サフィロは全く動じない。
「元老院の皆様が話し合いをしておられるようでしたので、お茶をお持ちしようと思った次第です。貴方の方こそ、いかがなされたのですか?」
「私はただ、自室に戻る途中でした」
 二人の間に、緊張が走る。そもそもサフィロはシャルフが得意ではない。内面の奥底を、隠している真実を、見咎められそうな鋭い眼差しと同じ、真っ直ぐな気性が好きになれなかった。
「そうですか……明日もお互い早いのですから、早めに切り上げた方がよろしいかと。では、おやすみなさい」
「ええ、お気遣い有難う。おやすみなさい」
 互いに軽く礼をして、去っていくシャルフの背中をブルーブラックの瞳が追っていた。
「……ふう」
 サフィロは、壁に背中を預けてゆっくりと息を吐いた。どれだけ息を吐こうと、彼女の胸中はすっきりとはしない。元老院の企み、行動を起こさない国王。探らなければいけない何かが、明らかにしなければいけない何かが、まだ残っている。釈然としない思いに、唇を噛んだ。