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 男達が町を出て、ひと月ほど経ったある夜。乾いた風が吹き、紺碧の空に星が瞬く美しい夜だった。
 戸締りを終えたセシルはぼんやりと外を眺めていた。
「ユアンも、この空を見ているのかしら……」
 遠い地にいるであろう恋人を想うセシルの目に、普段なら見えるはずのない光が見えた。夜空を橙に染める、炎の色だった。
「……!!」
 セシルは息を呑み、弾かれたように家の外へと飛び出した。他にも気が付いた人がいたのか、騒ぎになりつつある。そこに、オネッテが駆けつけた。空を照らす光にただならぬものを感じたのか、表情は誰も見たことがないほどの焦りに満ちていた。
「周知を急いで! 子供と老人を優先して避難させるのよ」
 オネッテの指示に従い、女達は町中を駆け回った。子供を抱き、あるいは老いた親を荷車に乗せ、助けられる限りの人を助けた。彼女達が逃れたのは風車の丘。小高い丘からは紅く崩れる街並みが一晩中、彼女達の目に映っていた。
 日が昇る頃には、町を焼く炎は消えていた。しかし、その町ではもう生活出来そうにない。唇を震わせるセシルの耳に、オネッテの声が聞こえた。
「町を、出ましょう」
 優しい眼差しには憂いが含まれ、絞り出すように紡がれた言葉に、皆がざわついた。
「あの、オネッテさん」
「何かしら、セシル」
 いつも通りの優しい微笑み。セシルは、震える声で切り出した。
「皆が帰る場所は、ここではないんですか? この町がなくなったら、皆は何処に帰ればいいんですか?」
 震える声は涙を呼び、セシルはぼろぼろと泣き出してしまう。そんなセシルの背を抱き締め、オネッテは諭すように優しい声色で言う。
「セシル……皆も、わかってほしいの。町のかたちはもうなくなってしまったわ。私達の力だけでは再興するのは難しいと思うの。だから、私は思うのです。私達が生きている事。それが彼らの希望になると」
オネッテは不安げな表情を見せる皆を見回し、微笑んだ。
「生きましょう。私達は生きて、皆の帰りを待ちましょう。還るべき場所に、私達がなりましょう」
 セシルは、気付いてしまった。オネッテの声が、肩が震えている事に。この町を誰よりも愛したオネッテが、辛くないはずがないのに。皆もそれを感じたのか、次々に行動を始めた。避難した際に持ってきたもの以外は全て焼けてしまった。ゆえに、荷物はそう多くない。風車小屋の物置にあった荷車とわずかな食糧。使えそうだと思う物を各々抱えて集まる。
「では、行きましょう」
 オネッテに続き、女達は町を後にする。
 一度だけ、セシルは白く灰に帰した町並みを振り返り、小さな声で呟いた。
「……ユアン、待ってる」

 町から朝焼けを片側に旅立つ一団を、望遠鏡で見ている者がいた。
「隊長、逃がしてもよかったのでしょうか」
 年若い兵士の声に、男は酒瓶を口から離した。
「ああ……十分合図になってるさ」
 煉瓦色の長髪を靡かせ、男は笑った。
「さぁて、これからが本番だ。始まるぜ、戦争が!!」