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 男達は三台の馬車に振り分けられた。この振り分けが、そのまま所属分けになるという。馬車はいくつかの町を巡り、人を集めてまた走り出す。そんな旅が、幾日か続いた。
 ユアンは幌の隙間から外を覗き見る。そして、初めて見る王都の風景に息を呑んだ。薄らと塗られた色とりどりの外壁。花などが飾られた窓。整然と並ぶ石畳の上を、馬車は走っていく。
「きれいな、町だな……」
 思わず呟いた声は車輪の音にかき消された。
 馬車はそれぞれ、町の中を抜けて市外へと向かった。ユアン達を乗せた馬車は王都より東、ラミナという町との境にある砦に辿り着いた。
「到着しました。どうぞ、お降り下さい」
 役人の声に従い、馬車から降りる男達。彼らの目の前に整列し、待ち構えていたのは、王国軍であった。そして、先頭に立つ黒髪の男が口を開いた。
「私はヴァイリエ王国軍中佐、北部連隊エクエス隊隊長のフィエリト・エクエスだ」
 フィエリトは徴兵された男達を見渡し、鋭い目をさらに細めた。
「お前達はこれから私の下で訓練及び戦闘を行うこととなる。この国を、そして自らの命を守る為にも、全力をかけるように。以上だ」
 簡潔な挨拶が終わると、男達は寄宿舎に案内された。元々エクエス隊に所属する兵士との相部屋で、その兵士が直接的な教官の役割をするのだという。
 ユアンは案内された部屋の扉を叩く。中から聞こえてきた声は軽快なものだった。
「失礼します」
「はいはい」
 扉を開き出迎えたのは、明るい色の髪を短く整え、大きな目をした青年だった。
「えっと……本日よりお世話になります、二等兵ユアン・ミリッシュです! よろしくお願いします!」
 胸を張り、背筋を伸ばし。緊張をあらわにしたユアンの敬礼を見て、青年は頬を緩ませる。そして顔を上げるように言うと、数回小さく頷いた。
「うんうん、俺にもこんな時代あった。あぁ、俺はシュレム。シュレム・ヤークトフント。階級は上等兵。よろしくな!」
 満面の笑顔と共に差し出された手を、ユアンはしっかりと握った。
 徴兵された男達が研修としてまず叩き込まれたのが礼法だった。先輩や上官への接し方、正しい敬礼の仕方。施設の使い方、など。三日の研修が終われば本格的な練兵が始まる。通常、佐官が練兵に参加することはないのだが、フィエリトは割と高頻度で参加する。そのためエクエス隊の緊張感は連隊随一なのだとシュレムは言った。
「妥協が嫌いなんだ、あの方は」
 ある日の訓練終了後、体を拭きながらシュレムは言う。苦笑交じりではあるが、その言葉には敬意が多分に含まれていた。
「なぁ、ユアンって好きな人いんの?」
 シュレムは椅子に逆向きに座り、簡易ベッドに突っ伏すユアンに問いかけた。ユアンの肩が跳ね、しばらく見ていると耳まで真っ赤になる。その様子を見てひとしきり笑ったシュレムは、穏やかな笑みを浮かべて語る。
「俺はね、いるよ。一緒の孤児院で育った子」
 曰く。孤児院に同じ時期に入ってきた、同じ年頃の女性に惚れているのだという。軍に入ると決めたのも、彼女を、大切なものを守るためなのだと。
「この戦争が終わったらさ、結婚しようと思うんだ。ほら、指輪も用意してある」
 机の引き出しから取り出したのは、小さな袋だった。撫子の刺繍が施されたそれから取り出されたのは銀の指輪。
「これを渡してさ、孤児院運営してた教会で神様に誓いを立てるんだ。一生をかけて守るって」
 指輪を握りしめて語るシュレムは幸せそうに笑っていて。
「私も、です。私も、郷里に将来を誓った人がいるんです」
 町を離れてからひと月ほどしか経っていないというのに、ユアンの胸は寂しさでいっぱいになった。何をしているのだろう。元気でいるだろうか。心配事が頭をよぎる。そして思い出す、別れ際に見せた表情。
「絶対、生きて帰ろうな」
「……はい」
 どちらからともなく差し出した拳をぶつけ、お互いに小さく笑った。
 翌朝、朝礼の時に事は起こった。
「本日未明、国境付近のいくつかの町が襲撃されたとの報が入った」
 隊員の間に、緊張が走る。ユアンも、動揺を抑えるために強く拳を握った。リベルテも国境にほど近い町だ。いくつかの中に入っていない可能性がないとはいえない。
「思うところはそれぞれあると思うが、今は気を引き締めろ」
 フィエリトは隊員を見渡し、声を上げた。
「開戦だ!」